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ep23 城に戻ると(1)

Author: 根上真気
last update Last Updated: 2025-04-18 07:01:47
【5】

城に戻るなり、リザレリスはエミルを連れてディリアスの執務室に押しかけた。先ほど考えたことを伝えるためだ。

「本当に、よろしいのですか?」

王女の提言を受け、ディリアスは一驚し、確認を求めた。

「だって別に、ここまで贅沢しなくたって生きていけんだろ?」

リザレリスはふんと鼻を鳴らす。

「承知しました。ではそのようにいたします。国民の心がよくおわかりになる、親愛なる王女殿下」

ディリアスは深々とお辞儀をした。それは忠誠心だけではない、心の底からの感謝の念がこもっていた。さらにその感謝から、さらなる忠誠が形成されていくようだった。

リザレリスの斜め後ろに控えるエミルも、ディリアスと同様の想いでお辞儀をしていた。

「そ、そこまで言われることでもねーし」何となく気恥ずかしくなったリザレリスは腕組みして視線を逸らした。

彼女の提言とは何だったのか?

それは城での暮らし向きについてのことだった。ここまでの贅沢は必要ないし、なんだったら一般国民と同じぐらいの普通の生活でもいい。リザレリスはそう伝えたのだ。

「あっ、でもやっぱりご飯は、それなりに美味しいものは食べたいかな〜」

言ってから急に惜しくなったのか、リザレリスは頭をポリポリ掻きながら潔くないことも口にした。彼女のその決まりきらない感じは、むしろディリアスとエミルの好感の笑いを誘った。

そんな時だった。突然あわただしく部屋のドアがノックされた。何かと思いディリアスは思考を巡らせるが、すぐにエミルに目配せをしてドアを開けさせた。

「ディリアス公!」

入ってきたのは小太りの重臣、ドリーブとその部下だった。

「なんだ、騒がしいな。一体どうした?」

ディリアスが応じるとドリーブは、彼の前に立っている若い女に気づいて怪訝な目を向けた。

女はボンネット帽子を脱いで反応する。王女の可憐な顔が露わになった。

「なんだよ」

「こ、これは、王女殿下!」

「いいからいいから。それよりなんかあったの?

「そ、それが、実は......」と部下の方が言いさした時。

「まったくなぜそんな重要な情報を掴めなかったんだ!」ドリーブが部下を怒鳴りつけた。

「も、申し訳ございません」

「使えないヤツだ。この馬鹿が。よりにもよってなぜこのタイミングで......くそっ!」

ドリーブは王女の面前で口汚く部下を罵しった。明らかに何かがあったことを示している。

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